ルージュの伝言・続き

 日本料理「日影茶屋」についたのは6時過ぎ、白木のカウンターの端には30代後半のカップルが一組、後はテーブル席にご近所の夫婦とおぼしき熟年カップルが3組。
週末のゆったりとした、落ち着いた雰囲気の中で静かにお料理を楽しんでいた。

 俺はカウンターにつくとグラスビールを頼み、つまみに空豆と自家製の塩辛。
しばらくすると仲居が独りの女性をカウンターに案内してきた。
女性一人でも入り辛いお店ではないが、土曜の夕方にベージュのパンツスーツ姿って言うのは珍しい。
 女性は会席膳のコースを注文、越後の吟醸酒を飲み始めた。
年のころは30代半ば、バックはロエべ、スーツの上着を脱いでミッドナイトブルーのブラウス姿、よく似合う。
 俺は「ご近所にお住まいですか?」と声を掛けた。

彼女は「ええ、と言っても10分くらい、高輪なんです」。
 「お仕事の帰りですか?」と俺。
 「ハイ、クライアントの方がこの近くにお住まいで、週末に資料に眼を通したいと
  言われるものですから、説明がてらお届けに。」
 「広告関係のお仕事ですか?」と探りを入れながら話始めた。

 俺はアラカルトで頼んだ鱧の造り梅肉添えや焼き肴、煮物を食べ、最後に好物の
鯛茶漬け、デザートは枇杷

 彼女はお酒が結構強そうで2本目の吟醸酒を頼み、気持ちよさそうに食べ上手。

結局、彼女はヨーロッパ系の投資銀行に籍を置くアナリストで、カルフォルニア
バークレイにある大学院出身で経営学修士の資格を持つバリバリのキャリア・ウーマンだった。道理でダナ・キャランのスーツが似合うわけだ。
日本には3年前に戻り、それまではブリュッセルで働いていたことが分かった。

 「このあと、なんか予定は入ってんですか?」と俺。
 「いいえ、週末ですし、あとはゆっくりしようと、フリーです」。

そんな事で場所を変え、六本木でも乃木坂に近い、通りから奥に入った公園そばにある
テラス付のバー「TAKA」に案内した。
ここは公園の樹木が街の喧騒を吸い取ったかのように、静かで初夏の夜の心地よい風が
テラスからカウンターまで流れ込んでいた。

 俺はラフロイグ、ダブルオンザロック
 彼女はミントジュレップ。

話は彼女が春に旅行したイタリー・シエナのドウモ広場のことや、
バルセロナのガウディの教会のこと。
俺は、5月の半ばに仕事で行ったカンヌ映画祭とそのあとのモナコグランプリの凄さに
興奮気味に話し、彼女に笑われた。


 そのあと、赤坂の48階のホテルバーに移動し夜景を眺めながら俺はフローズン・
 ダイキリ、彼女はホワイト・レディのカクテル。
 結局部屋を取ることになり、俺はこの日2度目のシャワーを使った。

 彼女は、知的な立ち振る舞いからは想像できなかった、
 外国の男たちとの付き合いからくるのか、その均整がとれた身体と
 奔放な性表現に驚かされた。

 いつの間にか深い眠りに入った。
 喉が渇いて、眼が覚めた、隣に彼女はいない。
 少しズキンとする頭を抱え、バスルームを覗いた。
 冷蔵庫からペリエを取り出しイッキに飲むと、ようやく頭がはっきりしてきた。

 もう一度、バスルームを覗く。
 そうすると、洗面台の上の鏡に、真っ赤な口紅で鮮やかにこう書かれていた。

 「HAPPY wellcome to the world of AIDS!」。

 「Bye bye!」。

 強烈なルージュの伝言でした。


 
 *こんな感じで。
  
   ・遊び仲間たちとのここだけの話し。

   ・笑いもあるけどペーソスもある。

   ・仕事は主流だけど、心は反主流。
   ・家庭は大切するが、時には忘れられる。
   ・人生に多くのことを求めたい。

   を、切り口に与太話しを書いていきます。コメントのほどよろしく!  



 『しかるべき時に、しかるべきことが起きる。』

 この地で小さいながらも戦闘的な<ほにゃらら団>を率いてきた人が57歳という、今の世では早すぎる死を迎えた。

 今日の俺は織り柄の黒いスーツに、スナップダウンのワイシャツ、これも織り柄のダークグレイのネクタイ。

 市内を代表する都市ホテルで友人とのランチがあり出かけた。

 その業界の人が全国から今夜の通夜に参列するため、そのホテルに宿を取り続々集まっていることは、知らなかった。

 ホテル前の道路にパトカーは停まっていても何にも気にしなかった。

 ホテルの正面玄関を入ると、俺の知らない若者がすっ飛んできて、「ご苦労様です、こちらでございます」と先導する。

 「?」、何だろう、友人は銀行頭取だが、あんな秘書がいたかな?と思いながら後に続いた。

 そうしてたら、友人が駆けつけ、「お前、何処に行くんだ、こっちだよ!」と腕を引っ張られた。

 俺は完全にあっちの業界の人に間違えられた。

 これを、どう総括すべきか。友人の酒の肴にされるのだけは確かだ