女友達たちの会話。

 ジュエリーデザイナーの陽子が言った。
「男って褒め言葉で喜ぶとは限んない。他人にヨイショされている処をチクリと指摘すると、
 この女、中々やるなぁって見られることってあるのよ。侮られない知性の演出かな。」

 場所はショットバーボルドー」のカウンター。陽子に聡子に麻美の30歳手前のキャリアガール。
「男にはステージがあるの。この男伸びる人っていうのが分かるんだよね。伸びる男が持っている、
今賭けているステージを見抜くっていうのが大事。」と陽子が麻美に言っている。


   仕事も違う微妙な年頃の美女3人、頭取秘書と、ジュエリーデザイナー、ブティック経営デザイ
   ナー。

 毎晩のように夕飯を一緒にし、バーに現れる。
 冬の恋が終わった麻美に聡子が言う。
 「オミズのバイトもしたけど、私パンツの紐はそこいらのネエチャンよりずっと固かったし、
 そりゃぁ男もいたけどずっと計算してた。この男と関係持ったらどんな利益があるのか、
 自分はどうあれ、男は結婚を望んでいるのか。子供ができたらコイツどう変わるのか、
 浮気がばれた時、どういう態度をとるのか、とか色々想像しながらね。
 それで冷静に篩いにかけて手順を踏むの。
 勿論、早く結ばれたいって急ぐような気持ちの時もあるけど、それを我慢するのはたいした苦労じゃ
 ない。
 少なくても寝た後で、相手に執着したり、嫉妬したりする気持ちを抑えるよりはずっと易しい。
 ずっと、そう思って生きてきた。」


カウンターの隅に独りいる俺。
 マスターはライムの皮むきを終え、グラスを拭いている。
 ジョニー・ハートマンの低い声のバラードが静かに流れている。
 女性たちの会話は弾む、もう25年も前の5月の夜。

 後悔したくない、自分がやりたい事を大切にしたい。
 シンプルな分類話しをしている女性たち。
 今、そのときの彼女たちの会話を思い出す。
 とうに彼女たちも50歳を越えた。

 若き日には後悔か、満足かという2つの道しか考えられなかったが、
 今は、空白と戸惑いの中にいる。
 だから彼女たちも何処かで、若き日の素直で、真っ直ぐな感情を思い出し、
 胸がチクンとしていることだろう。

 どうせ明日は今日と同じなんだという年になり、
 しかしつまんねえなと呟いている。

 俺たちはそれぞれ家庭を持ち、一時期濃密だった交遊は希薄になっていた。
 陽子は外交官と一緒になり、永い外国暮らしから帰国し、聡子の死に遭遇。
 あれほど男を篩いにかけてと言っていた聡子は、妻子ある演劇作家と
 恋におち、独り死を選んだ。

 バカバカしくて、やりきれない出来事だった。

 一緒に遊んでいたKは人気ラヂオDJとして、全国にその軽妙なシャベリを伝えている。
 もう一人のアナ、Mは民放に移り全国ニュースのキャスターとして活躍。
 俺は相変わらず地元で、別の局の立ち上げを行い、
 若い社員たちと後発局の悪戦苦闘の毎日だ。

 聡子は銀行を辞め、念願のアパレルメーカーのプレスとして「東京コレクション」などで、
 飛び回っていたはずだった。
 それぞれが、それぞれの価値観で選択した道を歩いていたはずだった。

 その年のいつまでも暑い東京の夏の終わり、俺と聡子とKは銀座8丁目の路地裏のバーで飲んだ。
 聡子は先行きの無い恋の話もしていたが、すっかりサラリーマン稼業の俺に、
 サラリーマンを主人公にした心に残る小説がなぜないか、
 仕事以外にのめりこむイシューの無い男のつまらないこと。

 出世話をする男の下品さ、粋な男って言うのはねえ、
 と、コロナビールをラッパ飲みしながら話していた。

 俺に「会社って男をダメにする毒素に満ちあふれているのに気がつかなきゃ、
   ダメじゃないのよ!」とも言ってた。

 そのあと、乃木坂、青山、と梯子をし墓地下の屋台ラーメン屋の前で、タクシーに
 乗り込む俺に、
 「私、オフィスに泊まるから。」と聡子はノースリーブの片腕を上げ、
 いつものようにヒラヒラと手を振ってくれたのが、彼女に会った最後になった。

 霞町の名の通り、夜が明けようとする霞の中で、
 白い腕を振っているシーン。

 別れのあとさきはいつも街角。
                                           



 *木を見て森を見ず。

  マドリッドに着いて入国審査のカウンターで逮捕されちゃった先輩がいる。
  彼は築地に本社があった頃の某大手広告代理店の文化スポーツ担当の駆け出しの
  プロデューサーだった頃の話し。

  スペインを代表する舞踏団の全国ツァーをコーディネイトしてひと夏を過ごし、
  ラテン娘たちはスペインに帰国。
  築地のビルにも秋の陽射しのある日、局長に呼ばれた。
  「スペイン大使館から呼び出しが来て行ってきた。そしたら踊り子の一人が、
   お前と結婚の約束をしたといってるそうだ。おまけに、妊娠5ヶ月だって言うんだから。」

  「おい、どうなってんだ。カソリックだぞ、あの国は。すぐ行って来い!」。

  と、言われた先輩身に覚えもあり、一路スペインへ。
  そうして、逮捕となったわけ。
  彼はその当時まだ独身であったため、独房を出るための結婚承諾書にサインを躊躇。
  2ヶ月の独房暮らしから開放された時は、遠く日本では「紅白歌合戦」の季節だったとか。

  この先輩のエピソードの傑作さといったらない。
  おいおい、書いていくことにしよう。